アフターサービスセンターに所属していた頃の私が対応した「クレーム事案」を紹介します。
「ドアレバーのねじが緩んでいる」
「築1年ちょっとなのにドアレバーが緩んでいる」という電話が入りました。ご自宅に伺ってみると、レバーハンドル自体が緩んでいるのではなく、ネジが緩んで出てきているだけでした。ドライバーで少し締めてしまえば終了です。このクレームが女性の一人暮らしならともかく、電話をしてきたのは一家のご主人でした。
ドライバーで締めるだけの作業のために、アフターサービスセンターに電話して、土曜の午後に自宅で私が来るのを待っていたのです。
もちろんアフターサービス期間内なので、ご主人の行動は間違ってはいません。私も業務なので問題ありません。しかしせっかくの休みの日に時間をとるのは面倒でしょうし、電話では不安だと言ってましたから数日間を不安のまま過ごしたのです。それならさっさとドライバーでネジを締めれば、すぐに済んだのです。しかし自分で触るのは不安なので電話をしたと言っていました。
ネジを締めた私は、使っているうちに緩むことがあるので、その時はドライバーでネジを締めるようにお願いしました。ドライバーは1番のサイズで、100均のドライバーなら最も小さいサイズだということも伝えました。
しかしご主人は納得しませんでした。「使っているうちに緩むとはいえ、築1年ちょっとで緩むのは欠陥ではないか」というのです。
そんなことはなく、レバーハンドルを押したり引いたりする時の力や、ドンとドアを閉めた時の振動で緩むことは珍しくないと説明しましたが、それなら全てのドアのネジが緩むはずだと主張しました。使用頻度がそれぞれ違うし、製品の個体差もあるから全てのネジが同時に緩むことはないと説明したのですが、この個体差という言葉に食いつかれました。
個体差があるのは問題ではないのか?売主として製品検査はやっているのか?全て同じ性能のものに交換して欲しい、欠陥がないと言うなら会社として報告書を出して欲しい。などと始まり、結果的に報告書を出すことになりました。
メーカーに電話すると慣れたもので、欠陥はなく製品の性質と使い勝手によるもの、という報告書がすぐに出てきました。この手のクレームは多いらしく、同じような報告書を何度も出したことがあると言っていました。
「トイレのドアが開かない」
夕方頃に電話がかかってきて、トイレのドアが開かなくなって中に入れないという内容でした。子供がトイレに行けないので困っているからすぐに来て欲しいと言います。しかし会社からそのマンションまで、1時間30分ぐらいかかります。しかし私は慌てませんでした。おそらく簡単なことだからです。
トイレのドアは、中で誰かが意識を失ったりした時のために外部から簡単に開けることができるようになっています。トイレの鍵を締めるサムターンの反対側が、大きなマイナスネジのようになっています。そこを十円玉などで回せば簡単に開くのです。私は手順を電話で説明しました。しかし開かないと言います。仕方がないので道具を持って、マンションに向かうことにしました。
電車に乗ってからも何度も電話がありました。子供が我慢できないと言っている。何時に着くのか?まだ着かないのか?なんとかもう少し早くならないかといった感じです。そのマンションは共用部にトイレがあるので、お子さんをそちらに連れていくことを勧めましたが、場所がわからないと言います。そんなやりとりをしながらマンションに到着しました。
奥様は明らかに怒気を含んでいて「早く、こっちです」と私を部屋に上げました。その横に泣きそうな子供がいます。私は道具を出す前に十円玉で鍵を回してみました。すると簡単に開きました。
ドアにはなんら問題がなかったのです。
そして奥様は気が動転して、電話で何度も行った私の説明を聞いていなかったのです。またこの操作方法は取扱説明書にも書かれていましたが、電話で読んでくださいと言ったにも関わらず読んでいませんでした。
この事案以外にも「シャワーヘッドが横向きになって戻らない」とか、「コンセントカバーが浮いている」といった類のクレームは数多くありました。シャワーヘッドは手でクイっと回せば元に戻りますしたし、コンセントのカバープレートは手で押すとカチッとおさまりました。数多くのクレームの中には、このようにちょっと自分で手を動かせば治るものが多く含まれています。
「家を建てる」という言葉が一般的だった時代は、家は大工さんに依頼して一緒に作りあげるという意識がありました。しかし「家を買う」という言葉が一般化するようになると、プロが建てた完成品を買うという意識になりました。家は高額な商品ですので、他のものに比べてより高い完成度を求めるようになります。そのためわずかな不具合もクレームになるようになったのです。
高値で完成品を買ったのですから、自分で工具を使って修理するという考えは希薄になります。不具合があれば売主が修繕するべきですし、払った金額分の完璧さを求めがちです。そのためこのような細かなクレームが増えるようになりました。
「家を建てる」から「家を買う」という意識変化が、このようなことに繋がっていると思います。
またこれに加え、建材も複雑な構造のものが増えたため、素人が触るのが怖いというという心境も働いていると思われます。自分でいじって壊してしまったらどうしようという不安が、自分ではネジすら回さないという心理に繋がっていると思います。
上記の例では、私は工具を持ってお客様宅を訪問しました。しかし実はこの行為は明確な社内ルール違反でした。社内ルールでは社員が工具を使って作業することを禁じていました。これは社員が触って壊したという二次クレームに繋がるからで、作業は必ず業者に依頼することになっていたのです。
そのため本来のやり方に従うと、レバーハンドルの件は業者を伴って訪問するべきでしたし、トイレのドアの件も業者を伴って急行するべきでした。施工業者は売主に対してアフターサービス期間を設けているので、電話すればすぐに来てくれます。しかし1度出動する度に、業者は職人の人件費を負担することにもなるのです。
明かな施工不良の場合ならともかく、誰にでもできる作業で何度も職人を呼び出していては、業者も経費倒れが不安になります。そこで施行をする際の見積書に、アフターサービス費用を多めに乗せてくるようになります。
こうして1000万円の工事費が1050万円、1100万円と増えていくようになり、建築費を押し上げていくようになるのです。
このような細かなクレームの数々が、マンション価格を上げていく一因になりました。またデベロッパーでも、アフターサービスの要員を多く揃える必要が出てきました。その人件費はマンション価格に反映されています。
宅地建物取引士。中堅ゼネコン勤務を経て大手マンションデベロッパーで品質管理、アフターサービス部門を15年間勤務。その経験を元にマンションで起こるさまざまな問題を解決したく、建築系の知識経験に加えマンション管理経験を蓄えるべく株式会社メルすみごこち事務所へ参画。自身でもコラムサイト『マンションに住む人のためのブログ』を運営し、ポッドキャスト配信にも意欲的に取り組んでいる。