マンションデベロッパーには、予想外のクレームが入ることが多々あります。こんなことを言ってこられても、と思うものから斜め上からのものだったり、予想もしない言いがかりのようなものがあったりします。今回は、それらを紹介していきたいと思います。
電波障害でテレビが見られない
アフターサービスセンターに掛かってきた電話をとると、男性の声で「テレビが見られないんですが」と言われました。話を聞くと自宅の前にマンションが建設され、そのマンションのビル陰でテレビが映らなくなったと言います。そこで近所の人に相談したところ、マンションを建てた会社に電話すればテレビが見られるようにしてくれると言われたので、電話を掛けてきたそうです。
当時のテレビはまだアナログ放送も行われていて、テレビの電波障害対策は珍しくなく、ご自宅の住所と連絡先を確認したうえで一旦電話を切りました。地図で住所を確認すると、確かにすぐ近くに建設したマンションがあります。しかし調べてみると竣工したのは3年も前でした。テレビの電波障害は建設中か起こることが多いので、3年以上もテレビが見られなかったことになります。なぜ今になって言ってくるのかと疑問に思い、アフターサービセンターのベテラン上司に相談しました。
上司はニヤリと笑うと「こういう手合がいるんだよ。懲らしめてやろう」と言い、その男性に電話をしてアポイントを取りました。上司が言うには、何年も前に建ったマンションに対してクレームをつけて補償金などの名目で金銭を要求する人は、以前は多くいたそうです。いきがったチンピラの類だろうということで、上司と私は約束した喫茶店に向かいました。しかしそこで待っていたのは襟が擦り切れたワイシャツにヨレヨレのズボンを履いた、冴えない初老の男性でした。
私達と会うなり何度もお辞儀をし、「申し訳ありません」を連発します。猫背で椅子に座り、ゆすりたかりの覇気は全くありません。とりあえず私達は地図を広げて、ご自宅が電波障害対策エリアにあることを説明し、マンションの建設後に引っ越してきた人の家に電波障害対策を実施する場合には、実費を頂くことを説明しました。すると男性は、家は親の代から住んでいる家で後から引っ越してきたわけでないと言います。ではなぜマンションが竣工してから3年も放っておいたのかと尋ねると一言。
勤めに出ておりました。
私と上司は思わず「ああ〜」と声が出てしまいました。刑務所に入り出所したらテレビも見られないというのは、ちょっと気の毒に思いました。罪の詳細は避けて刑務所に入っていた期間を教えてもらい、会社に戻って稟議書を作成しました。過去に長期入院や海外赴任などの止むを得ない事情の方に無償で電波障害対策を行なったケースがあったので、それに従ってこのケースも無償で工事をすることにしました。稟議を回している最中に、何度か「刑務所は止むを得ない事情なのか?」という声が上がりましたが、自業自得か止むを得ないかを判断するには事件と裁判の経緯を細かく知る必要が出てくるので、止むを得ない事情ということで処理をしました。
ユニットバスの水栓が使いにくい
某海外製の水洗器具がオプションで選べるマンションが、竣工してから1ヶ月程度経ってからクレームの電話がありました。ユニットバスの水栓器具が不良品だと言うのです。担当者がお伺いして状況を確認してきました。メタルクロームの水洗器具ですが、シャワーとカランの切り替えや温度調整の際に手に石鹸がついていると滑って回せないと言うのです。私は聞いた時に「は?」と思ったのですが、担当者は水洗器具の代理店に連絡していました。
その水洗器具の代理店はすぐにメーカーに連絡をして、メーカーの担当者が現地に行って現物を確認し、見解書を出してきました。製品にはなんら問題はなく、操作する際には手についた石鹸を洗ってから使うことを推奨すると書かれていました。これに対して社内は怒り心頭でしたが、私はメーカーの意見に賛同でした。モデルルームで見て触って確認し、自分で選んだ商品が自分の想像とは違ったからと言って、メーカーやマンションの売主に責任を取らせようという理屈がわかりませんでした。
メーカーの担当者も外資企業らしく、まるで話にならないといった調子で相手にしません。このクレームをつけてきた入居者は欠陥品を売りつけられたのだから、他の製品と無償で交換することを要求してきました。メーカーは譲歩して無償で同じ製品と交換しても良いと言ってきたのですが、同じ製品なら泡がついた手で操作できないからダメだと主張して平行線になってしまいました。揉めにもめた末に、デベロッパーの費用負担で別の水栓器具に交換することで決着しました。
多くの商品は箱を空けて使ってから想像していたのと違うと言っても、返品や返金は受け付けませんよ。それと同じですよと、クレームを言っていた入居者に説明すると激怒して、担当者に土下座して謝罪することを要求していたようです。個人的には無茶苦茶だと思いましたが、社内の雰囲気は自分勝手な外資メーカーに振り回されたことになっていました。
セキュリティがわかってない
私がたまたま手伝いでマンションの内覧会に行った時のことです。物件担当者が「セキュリティシステムに詳しい人を呼べと言っているお客様がいる」と、私のところにやってきました。私はマンションのセキュリティシステムを構築した時の責任者だったので、そのお客さまの元に伺いました。そこに待っていたのは、某警備会社の社員の方でした。
その方曰く、セキュリティの基本がわかっていないとのことで、あれが足りないこれが足りないと言います。しかしそのマンションのセキュリティシステムは、その方が勤務する会社のシステムを導入しています。それを伝えると「あなたが何もわかっておらず、わかってないウチの社員がデタラメなことをしている」と言い張ります。不足に感じることがあれば、オプションでセンサーなどを取り付けることもできますし、そもそも標準仕様で万人を納得させることは不可能です。セキュリティで何を気にするかは人それぞれだからです。
私は「御社とも何度も打ち合わせを行い、拡張性のある標準システムとして導入している」と説明し、そもそも内覧会の前に言っていただけたら入居前にオプション工事も可能だったことを説明しましたが、「こんなバカなことをしているとは想像もつかなかった」と、延々と文句を言われました。私はとりあえず話を聞き、満足できない点はオプション対応を注文して欲しいと返していたのですが、やがて私を「素人」「知ったかぶり」「バカ」と罵り出し、やがて話疲れて「もういい。週明けに会社でウチの担当にも話ておく」と言って話を締めくくりました。
その内覧会が終わる夕方頃に、その警備会社から内覧会の応援に来ていた技術担当者が私のところにやって来て「弊社の社員が、かなり無礼な対応をしたと聞いたのですが」と謝罪に来ました。その警備会社とはお互いにお客さまの関係ですから、バカとかなんとか罵るのは問題ですよね。そしてその警備会社の社員が帰社して内覧会の報告書のこのことを書いて出したようです。月曜日に警備会社の営業課長から電話がかかって来ました。すぐに謝罪に伺うと言い出したので引き止め、この件は電話で終わりにしました。お金を払う側になると、なぜか自分が偉くなって何を言っても良いって思い込む人いますよね。私はこれで終わりにしたかったのですが、先方の会社の方がそれでは済まなかったようで、しばらく後を引きました。
宅地建物取引士。中堅ゼネコン勤務を経て大手マンションデベロッパーで品質管理、アフターサービス部門を15年間勤務。その経験を元にマンションで起こるさまざまな問題を解決したく、建築系の知識経験に加えマンション管理経験を蓄えるべく株式会社メルすみごこち事務所へ参画。自身でもコラムサイト『マンションに住む人のためのブログ』を運営し、ポッドキャスト配信にも意欲的に取り組んでいる。