【ゼネコン、デベロッパー経由、マンションのかかりつけ医 井上毅 渾身のコラム】マンションの床に座るか椅子に座るか

現在のマンションの床はフローリングが主流です。新築マンションではフローリング以外の床を探すのが難しいほどで、畳やカーペットやクッションフロアなどを見かけることはほとんどありません。しかし個人的には、マンションの床材を見直す時期に来ているように思うのです。以前にも床材について考える記事を書きましたが、今回は椅子文化と畳文化について見ていきながら、マンションの床材を考えたいと思います。

椅子の起源は古代エジプトで、木製の椅子が権威付けのために使われていました。王家の谷から発掘されたツタンカーメンの墓にも王座と言われる豪華な椅子があり、以降の王にも装飾が施された椅子が作られています。この時代の椅子はリラックスするためではなく、座った人が神々しく見え権威があるように作られています。そのため紀元前1900年頃には前傾座面が用いられるようになり、座り手を見上げるとそびえ立つように見える効果を狙っていたようです。

その後、エジプトの椅子はギリシャ文化に受け継がれていきます。さらにローマ帝国に受け継がれ、ヨーロッパ全土に椅子は広がりました。しかしヨーロッパで椅子は権威付けの道具というだけでなく、芸術品としての椅子が登場することになります。そして椅子は上流階級だけでなく、庶民にまで広がっていくことになりました。

ヨーロッパから椅子は中国に伝わります。中国では正座する文化でしたが、唐の時代に椅子が入ってきました。身分が高い人が椅子を利用していましたが、宋の時代になると庶民も椅子を使うようになりました。日本にも室町時代には椅子が使われていた記録があります。戦国時代には戦国武将が使った床几があり、古くから椅子が使われています。しかし庶民に広く椅子が使われるようになるのは、明治時代まで待たなくてはなりませんでした。

 

中国にも椅子の文化が入ってきたのに、日本や韓国では床座の文化が根強く残っています。ではなぜ中国から多くの文化を吸収してきた日本で床座文化が強くヨーロッパでは椅子座になったのかというと、気候が影響しているという意見が多く聞かれます。寒冷気候のヨーロッパでは、床に座ると体温が奪われるので椅子が必要になるというわけです。これはベッドについても言えますし、家の中で靴を脱がないのも同様の理由で説明できます。

中国は大陸性モンスーン気候で、4月から9月にかけてシベリアとモンゴル高原から寒冷の風が吹き付ける地域性があります。そのため椅子が広まった可能性があるそうです。反対に日本は温暖湿潤気候で、平均気温が高く夏は蒸し暑くなります。そのため足を包み込むような靴より草履や下駄が普及しましたし、床に座っても寝ても凍死する心配もなければ眠れないほど寒いということもないのです。むしろ畳の上で過ごす方が快適で、靴を脱いで室内で過ごし、床に座り、床に布団を敷いて寝るのだと思われます。

気候面以外にも、単に経済力の問題だとする意見もあります。椅子の製作には手間と時間がかかるので、それなりの費用が発生します。そのため経済的に貧しかった日本や韓国では、近代になるまで椅子文化が広まらなかったという考えです。しかし経済力だけなら、唐代の中国のように身分が高い人や富裕層の間では流行していたでしょう。しかし将軍すら床座をしていた過去の日本を考えると、経済面だけでは語れないように思います。

断熱性に優れ、イグサによる調湿効果があり、消臭性や遮音性がありつつ交換が容易な畳は、日本の住環境に適していました。そのため畳は長年に渡り、日本の住居の床の主役としてあり続けました。それは西洋化が一気に始まった明治時代においても、まだ床は畳を使う住宅が多かったのです。明治初期には大工が西洋建築を真似た擬洋風建築が流行りますが、それでも多くの場合は床は畳でした。

 

 

フローリング、板張りの床が増えるのは戦後になってダイニングルームが登場してからです。ダイニングルームにはダイニングテーブルを置きますが、畳の上には起きにくく、椅子を移動させると畳が擦れてしまうので板の床の方が使いやすいからです。しかし木材の高騰もあり、フローリングよりもビニル系の床が増えていくことになります。フローリングが本格的に普及するのは、90年代になって防音性能を規格化してからでした。

日本の住宅はフローリングが全盛ですが、床に座る文化が根強く残る日本でフローリング床を使っていることで不自由が起こっているように思います。埃が溜まりやすいフローリングの上に直接座り、時には寝転んで生活するため、こまめに掃除が必要になりました。幼い子供のダストアレルギーなどを心配するなら、1日に何度も掃除機をかけるべきだという人もいます。フローリングの上に溜まった埃はエアコンの風に飛ばされ、歩くだけで宙に舞うからです。

日本の住宅は床に座る文化を残したまま椅子を持ち込み、床に座るのに最も不適なフローリングを使っているのです。ソファがあるにも関わらず床に座り、時には床に寝転ぶという畳暮らしの様式を色濃く残しています。畳ほどクッション性がないフローリングで子供を育てるためフローリングの上にクッションシートを敷いたり、寝転ぶためにフローリングの上にカーペットを敷くなどの工夫をしています。床に座ったり寝転んだりできる和室を排して全てをフローリングにしたため、硬いフローリングの上に柔らかいものを敷く必要が出てきたのです。子育てで語られる転倒時のクッションシートも同様で、畳敷では問題にならなかったことがフローリングによって問題視されるようになりました。

90年代頃から和室が急速に減少し、フローリングの部屋が増えた理由の一つに、和室が前世代的で野暮ったいイメージがあったからです。オシャレではないという理由で和室が嫌われたわけで、使い勝手が考慮された結果とは言い難いでしょう。全部屋をフローリングにし、硬い床の上に座ったり寝転んだりするならば、床に快適に寝転がることができる畳を見直す時期に来ていると思います。ただし畳は生産量も輸入量も減少傾向で、今後は高級品になるのではないかとも言われています。

全ての部屋を畳にするべきと言うつもりはありませんし、必ず一部屋は和室にするべきだと言うつもりもありません。現状の床材は流行に合わせてフローリングばかりになっていますが、自身のライフスタイルや使い勝手から考えみると、なんでもかんでもフローリングが素晴らしいというわけではないことがわかると思うのです。ソファにしか座らないし、床に寝転ぶなんてありえないという人はフローリングが合っているでしょうが、床座で生活することが多い人は他の床材も検討して良いと思います。畳だけでなくカーペットにも素晴らしい点があるので、リフォームをする際には専門家に相談してみると良いと思います。

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