【ゼネコン、デベロッパー経由、マンションのかかりつけ医 井上毅 渾身のコラム】マンションの騒音問題が無くならない理由

築40年のマンションと、現在の新築マンションを比較すると防音性能は格段に向上しています。古いマンションに行くとわかりますが、上階の人がトイレを流すとその音が部屋の中に響いたり、歩き回る音だけではなく隣のテレビの音が聞こえることもあります。

しかし、防音性能が向上したにも関わらず、騒音のクレームは相変わらずマンション住民には切り離せない問題です。なぜいまだにマンションでは騒音問題が続くのでしょうか。

「防音」と「遮音」と「吸音」

この3つの言葉は曖昧に使われていることが多いので、整理をしておきたいと思います。まず防音とは「音を防ぐ」の言葉通りに、外部の音が室内に届かないようにしたり、室内の音が外部に届かないようにすることです。そしてこの防音を行うための方法が遮音と吸音になります。これ以外にも振動を抑える制振なども防音の方法になります。

音を壁材やサッシなどで遮断し、透過する音を減らしたり防いだりすることを遮音と言います。ところで、遮音を行って減った音はどこに行くのでしょうか。

壁にぶつかることで純粋に減った音もありますが、実は跳ね返った音も多くあるのです。そのため遮音だけを強固に行うと、部屋の中は反響音だらけになってしまいます。自分の部屋で出した音が隣に聞こえない代わりに、部屋の中に反響してしまうのです。さらに反響音は重なり合うため増幅します。そのため遮音だけ行った部屋で楽器の演奏をすると、室内はかなりやかましくなってしまいます。

一方で、吸音材を使って、音を吸収することを吸音と言います。吸音材の多孔質の内部に音が入り、その中で拡散することによって、音のエネルギーが振動を伴った熱エネルギーに変換されます。音のエネルギーが振動や熱に変わるため、音が小さくなるのです。視聴覚室などに穴が空いた壁材が貼られていたり、音楽スタジオにスポンジのようなものが貼り付けられているのを見たことがある人は多いと思います。

上記のように、遮音と吸音は全く異なるもので、用途によって使い分けられたり同時に使われたりします。音楽スタジオなどは思いっきり楽器を演奏できるように、遮音と吸音の両方が行われています。防音効果を最大にしたい場合は、遮音と吸音の両方が必要になるのです。

 

 

分譲マンションでは、隣戸間の騒音を減らすために、遮音を中心に行われています。その方法はコンクリートの壁を厚くするという方法で、かつて界壁の厚さは150mmが主流でしたが、今や180mmや200mmを超える場合もあります。また床のコンクリートも同様で、今は200mmぐらいのスラブ(コンクリートの床)が主流です。また防音には制振も有効です。特に床は歩き回るため常に衝撃が加わります。この衝撃音が響かないように二重床の足元をゴムにして制振することで、騒音が伝わりにくくしています。

これらの工夫によって分譲マンションの騒音は、この40年の間にずいぶん小さくなっています。しかし騒音問題は相変わらずマンションの話題の中で多いですし、110番通報もかなりの数になっているようです。

分譲マンションで遮音と吸音の両方を行っているのは、ポンプ室など機械の騒音が激しいと予想される部屋ぐらいで、居室で行われているケースはほとんどありません。居室の壁に、吸音材を貼り付けた部屋を見たことがある人は皆無だと思います。また遮音に関してもコンクリートとクロスの間に、鉛の遮音材を入れているケースはほとんどありません。床にしても浮き床にすれば走り回ったりする音を遮断することが可能ですが、そのようなマンションは見たことがありません。

そのため多くのマンションでは、ピアノを弾けば隣の部屋に聞こえますし、窓を閉めても赤ん坊が泣く声が聞こえることもあります。耳が遠くなったお年寄りが知らず知らずのうちにテレビを大音量にして、隣近所からクレームが入ることも珍しくないのです。またタワーマンションの高層階のように、地上からの距離があるため暗騒音が小さいところでは、隣の音が聞こえやすく騒音問題が発生することがよくあります。

分譲マンションで、これだけ騒音が問題になるのですから、徹底した防音を施したマンションが売れるのではないかと考える人もいるでしょう。私が デベロッパー にいる頃にも、そのような提案をする人がいました。しかし現実的には、防音をしたからといってマンションが売れるわけでもなく、デベロッパーはリスクを背負う可能性になってしまうのです。

その理由は、次のとおりです。

①騒音は個人差が大きい
かなり強固に防音措置をしても、完全に音を消すことは困難です。想定以上の音が出れば音は聞こえてしまいますし、何より耳の良さは個人差が大きくあります。また聞こえていても、それを不快に感じるかは人それぞれなのです。風鈴の音は涼を感じる心地よい音とされていますが、現実には風鈴をつけたことによる騒音のクレームが少なからず存在します。

また、繁華街の近くで深夜まで騒々しい場所に住んでいた人と、閑静な住宅街に住んでいた人では、騒音にたいする感度が全く違います。無音室のように完全に音を遮断しなければ、騒音問題はいつでも発生する可能性があるのです。

②クレームを誘発する可能性がある
どんなに騒音がないわけではありませんと説明しても、防音設備を期待して購入する人は騒音問題とは無縁だと期待して購入します。しかし先に書いたように、騒音がなくなるわけではありません。そのため騒音がないと思って購入したのに騒音があると、クレームを誘発する可能性が出てくるのです。そのため、デベロッパーは積極的に防音マンションを作りたいとはならないのです。

③コストが高い
防音と遮音の両方をマンション全体に施すと、その費用は安くありません。つまり販売価格に跳ね返り、高額になってしまうのです。私がいたデベロッパーは、一時期「品質性能ism」と称してコンクリートの厚さなど目に見えない部分を充実させて、高品質のマンションとして販売しました。その際、多くの人から「価格の割に安っぽい」という批判を受けていました。

目に見えない部分にお金をかけると、販売価格が高い割には見た目が普通のマンションなので、不評だったのです。もし先に書いたような防音を徹底したマンションと、従来のマンションが同じく4000万円だとしたら、防音マンションは仕上げ材だけでなくキッチンや洗面台やトイレなどが、かなり安価なものになってしまうでしょう。多くの人が一生に一度の買い物として考えるマンションは、見えない部分よりも見える部分が豪華な方が売れやすいという現実があるのです。

④リフォームで変更されたら意味がない
吸音材を貼った壁などは、リフォームで簡単に変更が可能です。管理規約で変更できないように制限することは可能ですが、リフォームのたびに管理組合で確認をしないといけません。それができる管理組合は良いのですが、毎月の理事会すら人が集まらないマンションが多い中、リフォーム工事の度に理事の誰かが検査を行うのは難しいと言えるでしょう。どれほど立派な防音措置を施しても、リフォームで変更されたら意味がなくなってしまいます。

 

 

私がゼネコンに勤務していた頃の話ですが、高い防音性を持った居室の改修工事をしたことがあります。鉄筋コンクリート2階建ての豪邸で、誰もが聞いたことがある会社の創業一族の住いでした。大学生のお嬢さんがいてピアノを弾くため、完全な防音室にして欲しいとの依頼で作ったものでした。

しかしお嬢さんが住み始めてからすぐに、落ち着かないし夜は眠れないと言っていたそうです。そこで家族もその部屋で過ごしてみたところ、やはり落ち着かずに絶えずソワソワしてしまい、原因の調査を依頼してきたのです。

部屋に入ってドアを閉めると、すぐに落ち着かない気分になりました。原因は暗騒音が極端に少ないので静寂が支配し、さらに吸音が効き過ぎているので反響音が少ないためでした。自然と話す声が大きくなり、黙っていると落ち着かないので手を叩いたりして音を確認したくなります。動くと服が擦れる音や自分の足音がやけに大きく感じ、日常とは違う感覚に落ち着きませんでした。

結局は壁の遮音シート層を減らしたり、ドアを交換したりするなど遮音性を減らすことになりました。これは極端な例ですが、防音をやりすぎると居室としては使いにくい部屋になってしまうことを実感しました。騒音を減らすために防音効果を上げていくのは良いのですが、限度を超えてしまうと逆に不快さが増してしまうのです。

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