【ゼネコン、デベロッパー経由、マンションのかかりつけ医 井上毅 渾身のコラム】なぜ積水ハウスは地面師に騙されたのか(その1)

今回は、不動産売買をめぐる詐欺師の話をしたいと思います。マンション購入をめぐり詐欺に遭いそうになったというメールがあり、その方とzoomで話をする中で積水ハウスが地面師に騙された事件について質問されました。私も記憶がやや曖昧になっていたので、その流れを整理したいと思います。この事件は不動産業界だけでなく、あらゆる企業に警鐘を鳴らす事件でした。

日本で地面師が問題になったのは、戦後まもなくの頃です。敗戦直後に日本は家屋が焼失するだけでなく、役所が焼けて書類の紛失は珍しくありませんでした。役所そのものも混乱しており、不動産登記が確実に行われなかったり、所有を証明することが困難になっていました。

それに加えて戦争で所有者が死亡した土地があちこちにあり、どこまでが誰の土地なのか、そもそも所有者は誰なのかがわからなくなっていました。自分の土地を守るため地面に杭を打ち、縄を張って自分の土地だと所有する人が多くいたのですが、書類が曖昧なことを利用して他人の土地に勝手に縄を張って自分の土地だと主張する人が現れました。これが地面師です。彼らは土地の所有者になりすまして、勝手に他人の土地を売却して利益をあげていました。

戦後の混乱が終わると地面師は減りましたが、詐欺の手法として継承されていき、バブル景気の頃に再び地面師が多く出現するようになります。土地価格が高騰したため小さな土地でも高額の利益が得られるバブル期は、土地売買をめぐる詐欺事件が多く見られました。この頃は土地の権利書や身分を証明する資料を偽造して本人になりすます手口が多かったため、登記簿謄本などの電子化が進むことになりました。

 

 

2017年6月、積水ハウスは地面師による詐欺被害に遭い、55億5900万円を騙し取られたと発表しました。不動産業界を震撼させ、後に積水ハウスのお家騒動にも発展する大事件ですが、当時は積水ハウスを嘲笑する同業者が多くいました。積水ハウスともあろう大手が、稚拙な手口に騙さらて情けないというわけです。当時の積水ハウス会長兼CEOの和田勇氏は「銀行がオレオレ詐欺に騙されるようなもんや」と怒りをぶちまけており、積水ハウスにとって情けない内容であったことは間違いありません。

しかし2020年12月に積水ハウスが弁護士を中心にした外部検証委員会がまとめた「総括検証報告書」を見ると、多くの企業にとって他人事ではないと感じさせる内容でした。当時「我が社ではあり得ない」という声が不動産業者の間で飛び交っていましたが、詐欺被害にあう過程において身に覚えのある展開が多く含まれることに気づいた人も多かったはずです。

登場人物の紹介(複雑な事件なので、登場人物を最初に紹介しておきます)

E氏:老舗旅館「海喜館」の所有者
Y氏:仲介会社の社長
カミンスカス:地面師
偽E:E氏の偽物
O次長:積水ハウス東京マンション事業部の営業次長
A課長:積水ハウス事業開発室の課長

東京の五反田駅から徒歩3分の好立地にある旅館「海喜館」が舞台となります。土地の広さは約2000㎡で、多くの不動産業者が注目していました。所有者は1975年に両親から相続した1944年生まれの女性E氏で、リーマンショック前頃からさまざまな不動産業者が土地を売ってもらおうと足繁く通っていました。しかしE氏は売却を断固拒否し、細々と営業を続けていきます。

やがてE氏が高齢になったためか資金繰りに行き詰まったかは不明ですが、2015年に廃業を届けています。その後も不動産業者をシャットアウトし、板前など数人で「海喜館」に住み続けていました。旅館はボロボロになり、敷地の草木は生い茂っており、近所の人は「怪奇館」などと揶揄していたようです。

アパレル事業から不動産事業に転身し、不動産仲介会社YH社を経営していたY氏は、この「海喜館」を狙っていました。このY氏に地面師のカミンスカスが接触してきたことから、この事件は始まります。地面師はE氏の偽物である偽EとともにY氏と会い、「海喜館」売買の打ち合わせを行います。そして以前から面識があった積水ハウスのO次長に持ちかけました。当時は「海喜館」のオーナーが売りが立っているという噂が出回っていたため、信憑性がある話のように思われました。

しかしO次長はY氏のような小さな会社に「海喜館」の売買は難しいと考えており、詐欺に遭わないように気をつけてくださいとY氏に話しています。そうした心配をよそに、Y氏は2017年4月に「海喜館」の売買契約を結びました。その際にY氏とカミンスカス、偽Eはは本人確認のために公正役場に出向き偽EがE氏本人であることを確認した公正証書を作成しています。役所が偽Eを本人と誤認したわけですが、偽Eは、偽造パスポートを使って区役所で印鑑証明を変更していたため、偽Eが持参したパスポートと印鑑証明で本人と確認されてしまったのです。

本人確認が取れて売買契約を結んだY氏は、申込証拠金として2000万円を偽Eに支払っています。Y氏はすぐに積水ハウスのO次長に、売買契約書や本人確認書類を送付します。売買金額は60億円でした。本人確認書類が送られてきたことに加え、Y氏の目の前で公正証書が作られたという話を聞いて、O次長は偽Eを本物のE氏だと信じ込みました。

(次回、その2へ続く)

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