追い込まれたM本氏は、最終的に、補償の意向を示さざるを得なかったらしい。
「当社の仕事の不備については、返金も含め、補償の内容を検討して、提出させていただきます。ここまでのことが明らかになったのですから、しかるべきペナルティが課されることは、覚悟しております。また図面については、極力提出させる方向でC技研に働きかけます。今週中に、C技研とS社の担当者も入れて話し合いを行うようにいたしますので、とりあえず今日のところは、それでご勘弁いただけないでしょうか。」
ただ、ヤツはそれだけでは許さない。
「今更作り直してもらっても、その図面って、信用できるものとは言えませんよね。以前から言っておられた『総タイルの保証』の話も、つけていただきたいです!」
Y子さんも要求をさらに追加する。
「C技研の検査では信用ができませんので、こちらの指名する建築士が立ち会った上で、との条件も付けておいてくださいねっ!」
そしてこの時も、最後の最後のダメ押しをしたのはS宮さんだった。
「B建築設計のHPを拝見させていただいたんですけど、そこに列挙されていた『手がけた物件』のなかに、このマンションの名前も入ってるんですよねぇ。あれ、外していただけません?」
再び力なく…M本氏は頷くしかなかったという。
「結局さぁ、」
その晩、M本氏から聴き取った内容をまとめながら、妻は報告する。
「あたしたち、いろいろ考えて、準備して攻めたのに、一番効果があったのはF畑さんの怒鳴り声やったぁ。」
のらりくらりと謝罪を繰り返していたM本氏が、F畑さんの一喝で態度を改めたことが、よほど悔しかったらしい。
「どうせ女ばっかりやし…って、舐められてたような気がする。ま、でも、調べといた業務不履行については、ぜんぶ認めさせた。」
ま、それはそれで、結果オーライだ。
「それからさぁ、大規模修繕前の説明会で、B建築設計のIさんが『施工不良はない』って言ってた話、覚えてる?」
もちろん覚えている。
大規模修繕の工事に取り掛かるさらに以前の説明会の席で、住民からの「マンションの建設当初に何か不備があり、それが大規模修繕に響いた可能性はないか?」との質問に、B建築設計の担当者I氏が「施工不良はありません!」と答えた件だ。
この回答のせいで、僕らのマンションは、施工不良について特に調査することもなく大規模修繕に突入することになってしまったのだったが、I子さんと妻は策を巡らし、少なくともI氏がこのように発言していたこと自体は、B建築設計側に認めさせていたはずだった。
「この発言の責任についても、尋ねてみてん。」
ヤツらの質問をはぐらかすかのように、M本さんは、まずは次のように答えたらしい。
「発言については申し訳ありませんでした。ただ、Iのその発言は、十分な技術的根拠に基づいたものではありませんでしたし…。」
十分な技術的根拠もなしに、そんなことを断言する方がおかしい。この回答は住民達を余計に怒らせただけだった。
「そんなことは存じません。どう責任を取られるかをうかがっているんですっ!」
「わっ、わかりました。それについても、しかるべき補償の内容をさせていただきます。」
「せやからさぁ。」
妻は僕への報告を続ける。
「明日の無料法律相談やけど、B建築設計との交渉を中心に、相談してみようかと思ってるねん。」
え、明日の日曜日、予定が入っているとは聞いていなかったが…。
「何か新しいことがわかった時のために、Y子さんがいちおう予約を入れてくれてはってん。C技研との交渉について、相談しとこかな…と思ってたんやけど、今日、これだけの成果があったからさ。」
B建築設計への補償請求がどの程度可能なのか、尋ねることにしたらしい。やれやれ、僕の引っ越し準備を手伝うよりも、まずはそちらが優先か…。
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