しかし、その場ではＭ本氏の回答の意味に気付かなったヤツらは、特に掘り下げることはせず、次の質問に移ったそうだった。
「昨年ご出席いただいた11月の理事会の席で、Ｍ本さんは、図面は『法令や契約で、必ず提出しなければならないものではない』とおっしゃっていましたが、契約書に書かれている以上、提出されるべきものだったんです。この認識はお持ちでなかったんですか？」
契約書と格闘した妻としては、これはＭ本氏に「ぜひとも言ってやらねば気が済まない」ことだったんだろう。しかしＭ本氏は、この時点ではもう、開き直ったかのような方通りの謝罪の言葉を繰り返すばかりになっていたそうだ。
「申し訳ありません。私の認識不足でした。」
「提出書類が揃っていなかったのなら、『同時履行の抗弁権』に基づき、私たちは代金の支払いを拒否することが出来ました。それを注意喚起するのが監理のお仕事だったのではないですか？」
後のＡ美さんの証言によると、この質問を発した直後の妻は、非常に満足げな表情を浮かべていたそうだ。この言葉がよほど気に入っているらしい。
しかしこの質問に対しても、Ｍ本氏は感情の入らぬ声で、
「申し訳ありませんでした。」
と答えるばかり。
前期の役員をつとめていたＡ美さんにも、言いたいことがあったようだ。
「あたしたち前期役員ですが、代金の精算時に、『提出の書類は揃っているんですか？』って、何度も何度も確かめましたよね。で、その時Ｙ口さんは『大丈夫』っておっしゃっていた。それなのに、結局きちんとした仕事はしてなかったってことですよね。」
「…それについても、申し訳ありません。」
Ｍ本氏の反応の希薄さに、集まった住民たちの間には、いらだちと不全感が広がっていく…。
エントランスに怒声が響いたのはその時だった。
「あんたね、まじめに答えなさいよ！」
声の主はＦ畑さん。大手企業を退職したばかりという気のいいおじさんだ。「草の根」活動のメンバーではないが、犬の散歩を通じての妻の顔見知りの一人であり、大まかな話は聞いてもらっていたそうだ。このやりとりの少し前にエントランスを通りかかり、そのまま足を留めて、耳を傾けていたらしかった。
「さっきから、謝ってるばかりじゃない。それでこの場をやり過ごそうとしてるんじゃないの？」
Ｆ畑さんは関東の出身だそうで、生きのいい叱責の言葉に、Ｍ本氏も居住まいを正す。
「もっ申し訳ありません！」
「あんたたちがいい加減な仕事をしていたせいで、このひとたちが、どれだけ時間を割くことになったか、考えてみなさいよ。大金をとっておいてこんないい加減な仕事しかできないなんて、恥を知りなさい！具体的な対応を答えなさいよ！」
建築士のＮ川さんが助け舟を出す。
「まあ、Ｍ本さんにしても、この席でいきなり補償の話はできないでしょう。今日のところは持ち帰って、検討していただいたらいかがでしょう。」
Ｍ本氏が答える。
「はぁ…。今日は提出書類の確認と聞いておりましたので、そのつもりで参りましたので…。」
「それにしても」
5階に住むＳ宮さんが口を開く。
「さっきから不思議に思ってたんですけど、まったくメモを取っておられませんでしたよね。今までに聞いた内容、全部ご記憶されているということでしょうか？」
いつもおっとりとにこやかな女性だが、鋭いところをついてくる。
「あ、もしかしたら、録音してらっしゃったんでしょうかぁ～？ちなみに、今までのやり取り、私はぜ～んぶ録音させていただいてました。Ａ建築設計の仕事の不備について、全面的に認めておられましたよね。」
聞けば、複数の参加者が独自にスマホの録音アプリを作動させていたらしい。まったく女ってヤツは恐ろしい。
（photo by photoAC）
この春まで、大阪市内のマンション（50戸）で管理組合の副理事長をしていました。昨年の理事の引き継ぎ直後に、その前年に行われた大規模修繕の竣工書類のうち、タイルの補修図面が提出されていなかったことが判明。施工会社に「ゴンドラを掛けての図面復元」を確約させるまでのやりとりや、その間に判明した様々な問題について、オットの目を借りてお伝えしたいと思います。
