【図面を取り戻せ!~大規模修繕後の戦い】32.理事会(2019年3月3日)(その3)

「K山理事長にうかがいたいんですが…、」

オブザーバーとして出席していたS井さんが質問の声をあげたのは、各社への対応について一通りの検討が済み、次の議題に移ろうとしていた時のことだった。
「先日、C技研に送った書面のことですが、なぜすぐに押印していただけなかったのか、理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
その場の空気がさっと緊張する。
「あたしたち、お尋ねする権利があると思います。」

K山理事長は、すぐには答えられない。
「私自身の見解で、押したくなかった…としか言いようがありません。」
妻のメールに忍ばせた悪意については、理事長自身も、明確には意識できていないのだろう。
「ただ、先ほども申したことですが…やはり私は、理事長職はこれ以上続けられない。解職をお願いしたいです。」

再び皆がざわめく。
なぜそこに話が飛ぶのだろう。しかも先ほどの話では「訴訟をするなら辞める」だったはず。理事長、話がずれているぞ。

妻が話を引き取る。
「このマンションの規約には、理事長の解任条項はありませんが、一般的には理事の過半数の賛成で可能なようですね。」
K山理事長が押印や臨時理事会の招集を拒否した時点で、妻たちも、理事長の解任について、検討はしていたらしい。
「けれど、あたしたち今期理事の任期は6月まで。あと4か月間、続けていただくわけにはいかないんですか?」
僕らが春に引っ越すことを考えると、副理事長に加え、理事長までもが不在というのは、さすがにまずい。かといってA子さんもY子さんも、積極的には理事長職を引き受けたがらない。欠席続きのY上さんにいたっては、おそらくなおさらだろう。話し合った上、ヤツらは、理事長解任の動議は出さないことにしたらしい。

しかし、K山理事長は次のように続ける。
「このままでは、家庭が崩壊してしまいます。私にとって、マンションよりも家庭が大事です。」

なるほど…。
「家庭崩壊」との過激な言葉に、皆が首をひねったが、僕にぴんときた。
K山理事長の妻のS子さんは、もともと妻やA美さんとも顔見知りで、僕たちの部屋にも何度か訪れている。噂好きでころころと陽気な彼女は、K山理事長のこのマンション内四面楚歌状態に、参ってしまっているのだろう。「訴訟するなら…」は口実で、彼はもともと、S子さんををなだめるために、理事長を辞めようと考えていたのだ。
しかし妻たちは容赦ない。ことさらY子さんは憤慨して言う。
「あたしたちだって、どれだけ時間を使っていることか。仕事のスケジュールだって、もうめちゃめちゃです。」
妻にしたって、長崎での家探しに集中できなかった一件については、理事長にも責任があると思っている。
「理事長職は、理事の互選で決められたものです。理事のうち、Y上さんが欠席しておられること、議事内容として事前にお知らせがなかったことを考えると、この場で決定することが妥当とは考えられません。どうしても理事長の解職をお考えであれば、次回の理事会までに全員の理事にお知らせいただいた上、話し合うことにしましょう。」
妻は強引にまとめる。

「なお、理事長印ですが、保管は理事長がしていますが、理事長の恣意ではなく、理事会の決定に従って使われるものであることを、確認させていただいてよろしいですね。」
K山理事長も、力なくうなずくしかない。

そしてこの理事会から2週間以上も過ぎた3月18日、C技研からK山理事長あてに封書が届いたそうだ。とりあえずは図面が提出されていないことを丁重に詫びる文面ではあったが、最後に次のような内容が記されていた。

「…上記の理由により、紛失した『タイルの補修図面』は提出することができません。弊社といたしましては、タイルの補修箇所が図面上で明確に判断できないため、今後のアフター補修対応を、浮き補修や貼替え補修などのタイル補修箇所について、今回施工した箇所のみではなく、すべての個所(足場設置不要の箇所に限る)を対象として補修させていただくという内容で、貴管理組合理事長K山様にご了承をいただいておりましたので、ここに報告いたします。」

(photo by photoAC)

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