人を羨ましいと思うことは、誰にもあるでしょう。
そんなとき、どのように対処するのか。
今から20年ほど前、「羨ましい」という感情から恒例化した罰ゲームが存在しました。
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優秀社員に選ばれるとハワイに行けるというバブリーな時代がありました。
その年、我が部署からは、Tくんが選ばれました。
これは皆で祝わないといけないと考えた私、罰ゲームを考案しました。
以下のミッションが、背筋も凍るゲームの全容です。
<優秀社員賞おめでとう!!罰ゲーム>
①防災頭巾、防災リュック
②あほメイク
③首からゴマちゃん目覚まし時計
④ゴマちゃん時計を鳴らしっぱ
(目覚ましの音は「きゅい~ん!きゅい~ん!ぼく、ゴマちゃん。朝だよ!」のエンドレス)
⑤通称ナンパ橋、人だらけの道を渡る
⑦笑いながらスキップする
⑥ティッシュ配りのお姉さんから受けとる
⑦その一部始終をビデオで隠し撮りする
____人で溢れる大都市、夕暮れの繁華街
意を決したTが事務所を出ていきます。
ナンパ橋が一望できるビル。
3階の窓から、ビデオで隠し撮りする私たち。
1階のエントランスから、Tが勢いよく出てきました。
Tは__おもむろに立ち止まり、こちらを見上げます。
今にも泣き出しそうな、この上なく情けない表情…
(しっしっ!!)
ジェスチャーであしらいました。
緊張からか、ただ、もつれた足で駆けるT
ミッション⑦、スキップになってません。
喧騒に紛れ、かすかに聞こえる
「きゅいーん、きゅいーん」
Tは、橋の向こう側にいるお姉さんから素早くティッシュを受けとると、スキップを完全に忘れ、ボルト級のダッシュで事務所に戻ってきました。
「やったぞ!!!」
ハワイを手中に納めた、テンションマックスのTに、氷のような声で私は告げました。
「あんなのスキップじゃないよ。だめ、はいもう1回」
Tは、子犬のような目で、所長を見つめましたが__
「だめだな」
非情なる天の審判…
次の瞬間
勢いよくきびすを返したT
今までと明らかに何かが違います。そう、優秀社員賞の理由が、灼熱の炎と化したその両眼にありました。
アザラシの鬼神と化した企業ソルジャーT、桜舞う街へ再発。
__Tの後ろ姿が見える
完璧なスキップ
ナンパ橋の向こう側、失笑するお姉さんからティッシュを受け取り、深々と一礼
Tが振り返った
さわやかな笑顔、いや、完全に笑っている
__Tは1度だけ天を見上げ、大きく息を吸った
ステップを踏み出した
軽やかなスキップ、笑う、いや爆笑している……春風を切りながら
街を行き交う人々の、幽霊でも見たような表情など微塵も気にせず、アザラシの鬼神T、事務所へ生還。
「今度は完璧っしよ!!」
パーフェクトな演舞、もはや文句の出ようがありません。
鳴りやまぬ拍手の中、ハワイ行きを確信した笑顔満面のT__
しかしながら
『お疲れさま・・』と言いかけた私たちの前に、容赦ない先輩Kが放ったひとこと。
「録画ボタン押すの忘れちゃった。もう1回」