【マンション管理士おさらぎブログ】おさらぎ卒業記念エッセー”Nのために”

20年ほど前。債権回収の部署で、アルバイトのNくんと二人で、社内で「DL」と呼ばれる延滞債権を担当していた。

DLとは、「デッドローン」の略で、10年以上も支払いを滞っている顧客が含まれる「死のローン」。つまり、支払意思なしと判断される回収困難債権のことだ。

当時30歳くらいだった私は、「大人のおもちゃ屋の店長」という異色の経歴の持ち主である、金髪姿で入社した20歳そこそこのアルバイトのNとたった2人で、連日の快進撃を続けていた。DLを担当してからの2年間、全国に数ある部署の中で唯一、だたの1度も「毎月の回収目標」を落としていなかったのだ。

その秘密は、若かった私のバイタリティもさることながら、ほとんどの債権に債務名義(強制執行に必要な公の文書)がついていたことを活用し、「給料差押え」という法的手段を用いたことが大きかった。

実は、当時、当然の権利ともいえるこの手段を使うことは珍しかった。法的対応をする専門チームは本社には存在していたが、回収の現場においては一般的ではなかったのだ。何しろ、そのためのノウハウがない。

「行ってきます!!」

ガッツあるNが裁判所へ通い始めた。

数週間後、「また君か」と裁判所員に失笑されるまでして、Nは独学で、差押えのスキルを身につけた。

 

 

私が顧客と交渉して勤務先を聞き出す、約束を守らない顧客の給料をNが差押える。たいていは驚いた会社の社長が介入して一括返済となるので、毎月の目標は楽々更新されることになった。

そんな、ある日…。いつになく深刻な表情のNが、私に静かに告げた。

「このまま続けていても将来が見えないので、社員になれないなら辞めます」

私は焦った。

2年もの間、たったひとりのパートナーだったN。Nなくして今までの実績はなかったし、これからの飛躍もあり得ない。何より、他の部署に差押えの技術を教えに行くまで成長したNを辞めさせたら、会社の損失この上ない。

すぐに私は、上司に掛け合った。

「Nが社員になれないなら辞めると言っている。何とかして社員にしてください!」

コトの重大さを理解した上司が支社へ向かった。しかしながら、固い表情で帰社した上司の口から出た言葉は、「今は社員を募集していないそうだ」だった。

あきらめず、食い下がる。

「今期1年、つまり、3年連続で目標達成したらNを社員にしてください!」

翌日、上司が支社へ向かった。今度の答えは「YES」だった。帰りが遅かったので、上司もかなり粘ったのだろう。

__3年連続まで達成まであと3か月という時、ついにピンチが訪れてしまった。

どう計算しても目標には届かない。しかも、月末まであと1週間しかないのだ。身体の震えが止まらない理由は、その冬の厳しさからではなかった。

その夜。

私は、Nのいない居酒屋に同じ部署の後輩4人を集め、乾杯後、すぐに切り出した。

「申し訳ない。どうしても今月の目標達成は難しい。みんなが自分の仕事で忙しいのはわかっているけど、どうか助けてほしい………Nのために」

返ってきたのは、後輩たちの最高の笑顔だった。

翌日、DL債権を抱えた仲間が一斉に動いた。しかし、この件は上司には報告しなかった。なぜなら仲間が、自身の抱える仕事より私の仕事を優先してくれたからだ。

それでも、なかなか回収報告は入らない。休憩もろくに取らず、私も走り回った。が、どうしても、あと50万円足りない。
さすがにこれまでか、と、心がささくれた。

月末、最終日。

私の携帯に後輩Mからのコールが響いた。

「やりましたよ!70万、回収しました!!」

「マジか!!」

私も叫んでいた。
支払い意思のない顧客から、70万もの大金を一括で回収することは並大抵のことではない。Mの粘り勝ちだった。

目標達成した夜、あの時の仲間が集まり酒を交わした。お世辞にも清潔とはいえない居酒屋で、いい大人が揃って泣いている姿を、周りの客はどう思っただろう。

「3年間、高い回収目標を達成し続ける」という約束を果たした私は、Nの正社員登用という、最高の勲章を手に入れた。

私自身、会議の時くらいしか社章をつけることはないが、Nは今でも毎日つけているそうだ。それは、仲間の力で社員にしてもらったからと、誰かに聞いたことがある。そんなNも今では要職につき、結婚して一軒家を建て、つい先日、3人目の子供が生まれた。

27年間、お世話になった会社を辞める、私の一番の功績だ。

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